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ボストーク ヨーロッパ 時計

1930年にソビエト連邦の首都モスクワに開設されたモスクワ時計工場に始まる。モスクワ時計工場は、二つの工場を持つソビエト連邦の国策時計企業として、アメリカの時計会社を買収したもので、二つの工場で手巻きムーブメント搭載の懐中時計の製造を行っていた。
第二次世界大戦が勃発すると、重要な企業は地方への疎開を余儀なくされ、モスクワ時計工場も一部がチストボルヘ疎開し、戦車や航空機搭載用時計を中心に軍用精密機器の製造を開始。第二次世界大戦後は、各地に疎開していた時計製造工場はモスクワに復帰したが、大規模なチストボル時計工場は残されて、モスクワ第一時計工場などと共同で、手巻きムーブメントを搭載する腕時計の開発を進め、1946年から手巻き腕時計の生産を開始。
この頃からチストボル時計工場は、首都モスクワから見て遥か東方にあったので、いつしか東方を意味するボストークの名で呼ばれるようになる。1950年代に入ると海軍士官用の時計などを製造、精度がよく耐久性に優れた時計作りは、東欧圏全体で認められるようになった。
1960年代に入ると、米ソ冷戦と宇宙開発競争が激化。西欧諸国が軍用に優れたクロノグラフを採用していることから、ソ連も対抗できうるクロノグラフの開発が急務となり、スイスを中心とした優秀なクロノグラフ用ムーブメントの研究を開始。
1965年、当時のソ連が誇った宇宙船ボストークの名にも絡めて、ブランド名がボストークと命名し、時計をコマンダスキーと名付けた。コマンダスキーは指揮官を意味するロシア語で、正確で様々な状況でも機能することから命名されたとされている。優れた性能はソ連軍の制式装備品となり、主に、陸・海・空軍の士官が着用。真鍮製のケースにクロームメッキを施した量産タイプでありながら、クロノメーター規格にも合格しそうな優れた精度は、潜水艦に乗務する士官には心強い時計であった。
1991年のソ連崩壊により、一つにまとまっていた旧モスクワ時計工場は分散してそれぞれが主に生産していた製品をブランドごとに独立することとなる。ボストークはチストボルの工場で、自社ブランドを引き継ぐ、2004年に従来のデザインを踏襲しながらヨーロピアンテイストを付加したボストーク・ヨーロッパを発足。ボストークのメインブランドである『ボストーク』をメインに『コマンダスキー』などをシリーズに入れ、またモスクワの地下鉄をモチーフにした新感覚の『メトロ』を発表し、旧ソ連のトップブランドが新しい顔で日本に上陸。
創業年 2004年
創業者 ヴラディスラブ・ツビリン
本社 モスクワ
公式サイト
ボストーク ヨーロッパ
http://www.vostok-europe.com/

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一口メモ
ラグ
ケースの上下に突き出た形で取り付けられた4本の突起部分。ケースと一体で製造されたものと、後ろから溶接などで取り付けられたものがある。装飾的で細めのタイプは後ろから溶接されたものが多い。また、このラグが稼働するタイプや、ラグ自体を装備していない時計もある。
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